「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第92話

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帝国との会見編
<マッサージ?>



 「はい、ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー。アルフィン様、少しずれて来ています。お疲れですか?」

 「まだ大丈夫よ、ただ少し勝手が違うから感覚より頭で考えて動こうとしてしまって、そのせいでずれて行ってるみたい」

 イングウェンザー城地上階層の一室。
 ダンスホールのような造りのその部屋ではメルヴァの指導の下、アルフィンとシャイナがダンスの特訓をしていた。
 いや、正確にはアルフィンがギャリソンを相手にして練習をしているだけだったが。



 基本的なステップは解ってるし、踊る時に背筋を伸ばすなどの基礎は出来ているつもりだったけど、いざやってみるとこれが難しい。
 女性の場合、知り合いに教える為にリードが出来る人は多いと思うんだけど、私のように元男性の場合は最初からリードだけを仕込まれるからフォローで踊った事は一度も無かったのよね。

 それはある意味当たり前で、だって男同士で踊るなんて事はどんなパーティーでもありえないのだから常にリードしかしない人にフォローを教える人はいないからだ。
 でも、今の私はそんな状況になってしまって悪戦苦闘しているというわけなのよ。

 おまけ男性と違って少し背を反らし気味にするからギャリソンに支えてもらっているとは言え、ヒールを履いているとバランスを取るのが難しいのよね。

 「アルフィン、がんばってぇ」

 「シャイナぁ、そんなところでサボっていて、貴方は練習しなくていいの?」

 ホールの壁沿いに置かれた椅子に座り、水の入ったグラスを傾けながら声援を送るシャイナに、私はつい嫌味のような言葉を投げかけてしまう。
 その結果どのような返答が帰ってくるのか解っていて、その言葉で自分が落ち込むのを承知で。

 「いいの、だって私はもう合格貰ったもん。もうフォローは完璧にマスターしたわよ。ワルツだろうがジルバだろうがジャイヴだろうが、何でも来いって感じね。タンゴやクイックステップでも大丈夫よ」

 「ぐぬぬぬっ。」

 そう、シャイナはあっと言う間にフォロー役をマスターしてしまった。
 というのも運動神経というか、反射神経と言うか、体を動かす事に関してシャイナの実力はかなりの物なので、リードでだけとは言えある程度基礎が出来ているものを応用するだけのフォローなんて半日もしないうちにマスターしてしまい、今では競技ダンスにでも出るのか? と聞きたくなるほどのダンスを披露できる所まで来てしまっていた。

 実を言うと私がシャイナの中に入って戦闘を行った場合、パフォーマンスが5パーセントほど低下する。
 これは反射神経や戦闘技術という点で私がシャイナの自身に比べてかなり劣るからなんだけど、どうやらそれは体を使う事全般に言えることみたいで、このように新しい体を使った技術を習得するときも同じ事が当てはまるみたいなのよ。
 と言う訳で余裕綽々のシャイナが見守る中、今は私一人が頑張り続けているというわけ。

 ホント脳筋には敵わないわ。

 心の中で悪態を付きながら、それが負け惜しみだと理解して再度落ち込む。
 いけない、このままでは不毛な堂々巡りに陥ってしまうだけだわ。
 そう考えた私はある提案をメルヴァにする事にした。

 「ねぇメルヴァ、やっぱり睡眠不要、飲食不要の指輪をつけて夜通し特訓した方がいいんじゃないの?」

 「アルフィン様、焦るお気持ちは解りますが、それに関しては先に申し上げたはずです」

 そう、この提案はこの特訓が始まった際、私が申し出てメルヴァに却下されたものだった。

 「確かにそのマジックアイテムを使えばある程度の疲労は抑えられます。しかし生身の体であるアルフィン様では少しずつ筋肉に疲労がたまってゆき、最後は立つ事もできなくなってしまう事でしょう。そのような無茶はアンデッドやオートマトンのような、そもそも疲労をしない種族だけが使える裏技のようなものです。お解りですか? アルフィン様はきちっと飲食や睡眠をとり、その上で技術を磨かれるのが一番の近道なのです」

 うう、だって時間がないんですもの。
 先日パーティーの招待状が宿泊している(事になっている)イーノックカウの高級宿に届き、開かれるのが10日後だと解った。
 そしてあれから5日、毎日ダンスの特訓を受け続けているというのに私は未だにステップが後れる事があるという体たらくなのよね。

 こんな調子で本当に間に合うのかしら?

 一応イーノックカウに滞在しているという事になっているから朝食と夕食はあの宿で取る必要があって、その度汗を落とす為に湯浴みをして着替えるから練習の時間がかなり削られてしまっているのよ。
 ああ、一度城に帰ったという事にしようかしら?
 でもそうするとまた城からイーノックカウまで空の馬車を走らせないといけなくなるから、御者としてギャリソンを派遣するとその間練習そのものが止まってしまうから意味がないか。
 いや、ユミちゃんを御者として送り出せば問題はないかな?
 ああ、でも女の子であるユミちゃんが御者だと野盗とかが目に付けて面倒なことになりそうだしなぁ。

 パンパン。

 「はいはい、アルフィン様、余計なお喋りをしている時間はありませんよ。アルフィン様はお見受けした所、すでに基礎は御出来になられているのですから、余計な事を考えなければ体が勝手に動くはずなのです。今はとにかく体を動かして頭より体が先に反応するようになるまで反復練習。では再開しますよ」

 「はぁ〜い」

 手を叩いて注意するメルヴァに、私は疲れ果てた声で返事をする。
 体もだけど、精神的にも疲れてきてるんじゃないかなぁ?
 だからこそ、変な妄想に走ってしまうのよね。

 普通ならここで休みを取る所なんだろうけど、そこを無理に続けさせようとしている所を見るとメルヴァは私が何も考えられない所まで追い込むつもりなのかも。

 でも確かにその方法が一番の近道なのかもしれないわね。
 ステップさえ間違えないレベルまで行っているのなら、リードの誘導に身を任せてしまうのが一番簡単にうまく踊る事が出来る方法なんだし、その部分に関してはメルヴァの言うとおり出来ているはずで、今の私は誘導される事になれていないから戸惑っているだけとも言えるもの。

 「ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー。アルフィン様、まだ追い込みが足らないようですね。ここまで疲れてもなお頭で踊ろうとなされるとは。ある意味流石我らが主と言うべきでしょうか」

 「そんな褒め言葉は嬉しくないわよ。ああ、常に思考が先にきてしまう我が身が恨めしい」

 「しかし今のままでは埒が明きませんわね。解りました。こうなったら何も考えられないレベルまで徹底的に追い込んで行きましょう! アルフィン様、御覚悟を」

 「そんなぁ〜」

 そんな事を言いながらその後、私はへたり込んで動けなくなるほどの時間、ダンスを踊り続けてやっと開放されたのだった。

 「はぁはぁはぁ、何よ結局睡眠不要、飲食不要の指輪を使わなくても足腰立たなくなったじゃない。メルヴァのうそつき! 鬼教官!」

 ホールに大の字になって倒れこみ、そんな恨み節を吐き続ける私をメルヴァはひょいっと担ぎ上げた。
 そして。

 「それではこのまま浴場へと向かいましょう。激しい運動をした体の疲れを取るにはゆっくりと湯に浸かり、その後入念なマッサージを施すのが一番です。大丈夫、私にはマッサージの心得がありますから御安心下さい。上から下まで、入念にマッサージさせていただきますわ」

 「ちょっ、ちょっとメルヴァ! 目が、目がなんか怖いんだけど」

 言っている事は正しいのだろうけど、あの血走った目を見たら我が身に危険が迫っているとしか思えない。
 なんか鼻血まで噴出しそうな勢いだし、心なしか息も荒くなっているような?

 「はぁはぁ、大丈夫ですアルフィン様。ちゃんとマッサージをしておかないと一晩寝た後、筋肉痛になって動けなくなってしまいますから入念に、そう、”体の隅から隅まで”入念にこのメルヴァがたっぷりと時間を掛けてマッサージを施して天国に行かせ・・・ゲフンゲフン、筋肉を揉み解して差し上げますわ」

 「駄々漏れだから、欲望が駄々漏れだから! 誰か助けて! そうだ、シャイナ!」

 色々な意味で危険が迫っている事を感じた私はシャイナに助けを求めた。

 「えっ!? あっそう言えば私、早めに宿に戻ってまるんと話をしなければいけない事があったのを忘れてた! メルヴァ、私の湯浴みは帰ってからでいいから、後はよろしく」

 それなのに彼女はなにやらあせったような顔をしてさっさと退散してしまった。
 いや解るよ、この状態のメルヴァを何とかできるとは思えないと考えるその気持ちも。
 でもマスターのピンチなのにそれはないでしょう!

 「はっそうだ! ギャリソ・・・」

 「アルフィン様、男の私ではアルフィン様の湯浴みを御手伝いすることはできません。ここはメルヴァさんにお任せするしか」

 シャイナに裏切られた私は、その場に居るもう一人のNPC、ギャリソンに助けを求めようとした。
 ところがそれを察したメルヴァに睨まれたギャリソンにも、私が助けを求めきる前に喰い気味に断られてしまった。
 万事休すである。

 「おほほほほっ、何時までも汗に濡れたままでは御体に悪いですわ。アルフィン様、早く大浴場へと参りましょう。それではギャリソン、後の始末はよろしく」

 「はいメルヴァさん。あまり御無体な事はなさらぬように」

 「大丈夫よ、私がアルフィン様にそのような事をする訳が・・・うん、少ししかしないから大丈夫よ」

 「ご無体って何? 私、これから何されるの!? いやぁ〜、たぁ〜すぅ〜けぇ〜てぇ〜〜〜!」

 結局この後、私は大浴場へ連れて行かれて湯に放り込まれた後、まるで下処理されるホルモンのように体の隅々までしっかりと揉み込まれるのだった。

 しくしく、ああもうお嫁にいけない・・・。
 いや、流石にそこまで酷い事はされていないけどね。

 ただ、全てが終わった後のあの艶々したメルヴァの顔を、しばらくの間忘れる事はないであろうと感じる程度にはトラウマになったけど・・・。


 因みにこの時の私は、この特訓&マッサージをパーティー前日まで受け続けなければならないなんて羽目に陥る事を、まだ想像すらしていなかった。


 そんな事があった次の日の朝。

 「そう言えばあるさん、エスコートは誰にしてもらうつもりなの?」

 「へっ?」

 ホテルで朝食を取っていたら、まるんからこんな言葉を投げかけられた。
 
 「ん? エスコート役ってギャリソンじゃダメなの?」

 「シャイナ、何を言ってるの? ギャリソンはあるさんの執事であり都市国家イングウェンザーの家令と言う事になってるんだからだめだよ。使用人がその国の女王様をエスコートするなんて聞いた事も無いもん」

 その言葉に私同様ギャリソンがエスコートをするものだと思い込んでいたシャイナが聞き返したんだけど、まるんからは全面否定の答えが帰ってきた。
 そっか、確かにギャリソンは使用人だから私をエスコートできないわよね。
 でもそうなるとちょっと困ったわ。

 「どうしよう? 私たちの城には人間種の男性がいない・・・」

 そう、ユグドラシル時代の私の趣味で構成されているイングウェンザー城のメンバーには人間種の男性がいないのよ。
 いや、一応一人居るには居るんだけど、その子は外見があやめくらいで流石にエスコート役にする訳には行かないのよねぇ。

 「どうしよう? リュハネンさんに頼んでみる?」

 私の頭に浮かんだのはこの都市に居る男性の知人であるリュハネンさんだった。

 「う〜ん、彼は騎士でしょ。それも国ではなく子爵家の。流石にあるさんのエスコートには力不足だよ」

 「となるとライスターさん? ・・・はダメか、彼にはシャイナのエスコートを頼まないといけないし」

 「えっ、私の? ああ、そう言えば私も招待されているのだからエスコートしてくれる男性を探さないといけないんだっけ。でも彼も騎士なんでしょ? いいの?」

 「シャイナはあるさんと違って一貴族だし、ライスターさんは地方都市とは言えバハルス帝国所属の騎士だから大丈夫なんじゃないかな?」

 うん、私もそう思う。
 て言うか、ここでライスターさんまで除外したらそれこそエスコート役をもう一人探し出さないといけなくなってしまうもの、引き受けてもらわないわけには行かないのよね。

 「とりあえずギャリソン、後で騎士の詰め所まで行ってライスターさんに話を通しておいて。多分断られる事はないと思うから」

 「畏まりました、アルフィン様」

 ”あの”ライスターさんならシャイナのエスコートを断る事はきっとないだろう。
 と言う事で、問題は私のエスコート役なんだけど・・・。

 「アルフィスに変装させる・・・って言うのはダメよね」

 「そうだよねぇ、タレントなんて物があるこの世界で貴族の、それも皇帝の愛妾様まで参加するパーティーなんだから、暗殺者や不審者が紛れ込まないよう幻覚や幻術を見破る系のマジックアイテムくらい用意して警戒してると考えるのが妥当だろうね」

 まるんの言葉に私は頷く事しかできない。
 だって、見ただけで相手の魔力の強さを見抜く事が出来るなんてとんでもないタレント持ちまでいるんだよ? 変化や変装を見抜くほうが遥かに簡単なんだから、できる人がいないと考える方が浅はかだろう。

 「と言う事は、該当者は一人しかいないか」

 「そうだよねぇ」

 「そうよねぇ」

 私たち三人の頭には共通の人の名前が浮かんでいた。
 私たちが懇意にしている唯一の貴族。

 「カロッサさんには悪いけど、また力を貸してもらう事になるわね」

 そう、カロッサ子爵。
 彼にご足労願うしか私たちにはもう方法が無かった。
 ただ、ここで一つ問題ある。
 どうやってカロッサさんと連絡を取ればいいのかと言う事だ。

 「ねぇまるん、リュハネンさんは私たちが信頼性の高い<メッセージ>が使えたり転移ができる事を知っているけど、それに関してはカロッサさんには口止めしているのよね?」

 「うん、口止めはしてあるよ。それに話してみた感じからすると多分カロッサさんには伝わってないと思う」

 そっか、なら転移はダメね。
 でも<メッセージ>くらいなら情報として伝えてもいいかも。
 いや、それ以前に。

 「私たちがパーティーの日付を知ったのは6日前だし、その時すぐに城に伝令を出したとしたら今日カロッサさんのところに連絡が行ってもおかしくはないんじゃない?」

 「そっか、あるさんの言う通りだね。なら早速城に連絡をしてカロッサさんに打診してもらおうよ」

 善は急げである。
 私は早速城に居るメルヴァに<メッセージ/伝言>で連絡を取り、カロッサさんのところに伝言をしてもらった。



 「危ない所でした」

 高級宿の一室。
 そこには本来城に居るはずのメルヴァが、ほっとした表情で私に報告をしていた。
 彼女曰く、一刻も早く伝えねばとカロッサ邸から直接飛んできたんだって。

 「このパーティーはイーノックカウ周辺の貴族全てに招待状を出しているらしく、カロッサ子爵の元へも招待状が届いておりました。その為私がカロッサ邸へ訪れた時は子爵の準備も整い、まさに出発する寸前でして、後数刻後であれば間に会わなかった事でしょう」

 言われてみれば、そんな事をロクシーさんが言っていたわね。
 危なかったぁ。

 「それで返事は? エスコートの件は了承してもらえたの?」

 「はい、すでにカロッサ子爵がエスコートする女性は用意されていたそうなのですが、国賓であるアルフィン様をエスコートする栄誉となれば断るわけには行かないと二つ返事で了承を頂きました」

 おお、よかった。
 これで一番の悩みは解決ね。

 「よかったわ、これでもし断られていたら途方に暮れるところだったもの」

 「そうですわね、アルフィン様」

 そう言ってメルヴァは自分の役目を無事終えたのを誇らしく思っているかのような笑顔を見せた。
 そして。

 「カロッサ子爵には無理を言ってエスコート役を務めてもらう事になったのですから、アルフィン様には完璧にダンスを踊っていただかなければなりません」

 「えっ!?」

 その言葉に驚き、彼女の顔をもう一度覗き込むと先程の誇らしげな笑顔はどこへやら、怪しげな光を目に携え、妖艶な笑みを浮かべるメルヴァの姿がそこにあった。

 「アルフィン様、では早速お城に帰って特訓を再開です。大丈夫です、昨日の様に動けなくなったとしても、また私がマッサージをして差し上げますから」

 「えっ? えっ? えぇぇ〜〜〜!?」

 私があっけに取られている間にメルヴァはさっさと<ゲート/転移門>を開き、私の手をとってその中へと引きずり込んで行く。

 「ちょっ、待っ、いやぁ〜、誰かぁ、誰か、たぁ〜すぅ〜けぇ〜・・・・」

 哀れ、アルフィンは助けを求める言葉を全て口にする前に、暗い奈落のような穴の中に消えていくのだった。


あとがきのような、言い訳のようなもの



 皆さんはすでにお忘れかもしれませんが、メルヴァは本来こういうキャラです。
 ビッチではありませんが欲望には忠実です。
 チャンスと見れば襲い掛かってきます。

 まぁ、アルフィンが本当に嫌がる事はしないので一線は越えませんが。(流行文句引用)

 ところで、本編中でイングウェンザー城唯一の人間種である男性キャラが存在する事に触れられていますが・・・これって語られる事ってあるのだろうか?


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